嶌田井書店

風の通る或る町に、稀にしか辿り着けない書店がある。

リトルインディアへ(2)

「あなたの毎日に、旅はあるか。」

そんなコピーを冠したフリーペーパーを、2016年11月に開催された第二十三回文学フリマ東京で配布いたしました。そのエッセイの続編を今回よりお届けいたします。どうぞお楽しみに。

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リトルインディア駅からバッファローロードへ

 

 空はまだ完全に太陽の光を失ったわけではなかった。この国では夜七時を過ぎても薄明るく、熱帯雨林特有の熱気に覆われている。 わたしは、リトルインディアにやってきていた。 目当てはヒンドゥー教徒にとって最も重要な行事 「ディーパバリ」のためにライトアップされたセラングーンロードだ。今年のディーパバリは十月二十九日(火)。 リトルインディアのセラングーンロードがきらびやかな電飾に包まれる一か月となった。今日はまだ十月に入って一週目。しかしもうまるでクリスマスにも似た賑わいだ。

 

 まずリトルインディア駅で降りる。シンガポールは公共交通機関が発達していて、地下鉄(MRT)での移動が便利だ。駅構内はランプをモチーフにしたディスプレイで溢れていた。まずここからテンションが上がる。出口Eから出ると、バッファローロードへと入る。ここはメインストリートへと入る脇道なので人の通りは少ない。歩道の左わきには八百屋、献花用の花を売る屋台、ミニマート(東南アジア版のコンビニ)がずらりと並んでいる。ヒンドゥー教寺院が近くにいくつかあるせいか花屋は繁盛しているようで、通りはジャスミンの花の香りで満ちている。かと思うと、インセンスと香辛料と生ごみの混ざった香りが鼻先をかすめ、このリトルインディアがヒンドゥー教徒の生活を支えているのだと教えてくれる。信仰、食料、衣料、生活用品。ここは彼らの心臓であり胃袋なのだ。

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 (リトルインディア駅の構内)

 

 シンガポールは平和だ。リトルインディアはアラブ街からもチャイナタウンからもさほど離れてはおらず、この国は多民族国家として機能している。夜でも強盗に襲われたり身の危険を感じたりすることはまずない。しかしこのバッファローロードから目と鼻の先で三年ほど前には実に四十年ぶりに暴動事件が起きているのだ。三百人余りの海外労働者が関与していると言われているが、理由は日頃の低待遇への不満が爆発したと囁かれている。故郷から遠く離れたシンガポールで、重労働の果てに週一回の休みは良いとしても、裏では人間らしい暮らしや待遇を保証されていない可能性が高いだけに心が痛む。この地は、べらぼうな資産を持つ富裕層と故郷に錦を飾るためにやってくる海外労働者の所得の差が激しい。しかし彼らの台所を支えるのはこのリトルインディアなのだ。光と闇が拮抗する街リトルインディア。ジャスミンとインセンスと生ごみの香りが、わたしをどこか遠くへと誘っているような気がした。

 

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 バッファローロードの商店)

 

文:河嶌レイ