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嶌田井書店

風の通る或る町に、稀にしか辿り着けない書店がある。

リトルインディアへ(3)

「あなたの毎日に、旅はあるか。」

そんなコピーを冠したフリーペーパーを、2016年11月に開催された第二十三回文学フリマ東京で配布いたしました。前回の「リトルインデイァへ(2)」に続き、続編をお送りいたします(今回が最終回です)。どうぞお楽しみに。

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セラングーンロード  

 バッファローロードを抜けるとそこはもうセラングーンロードで、通りの端から端を覆うきらびやかな電飾が現れた。街を走る車の頭上には、蓮の花と孔雀が色とりどりに輝いている。通りには宝石商(売り物のほとんどが金の装身具!)、家電や携帯アクセサリー、民族衣装を売る商店がずらりと並び、歩道を歩いているのはインド系シンガポール人、観光客、海外からやってくる労働者などで、ひと目見ただけではその人たちの背景はわからない。

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 (セラングーンロードの電飾)

 さらに北東に進むと、スリヴィラマカリアンマン寺院が左手に見える。破壊の女神カーリーを祀る寺院で、いたるところに神々の彫刻が施されている。 寺院内は観光客も出入り自由らしく、夜だというのに賑わっている。じっとひたすら祈りを捧げている人たちの姿も見える。今日が平日でよかった。日曜日なら観光客のほかにも、週に一度仕事から解放されたインドやバングラデッシュからの海外労働者で溢れかえるからだ。以前それを知らず週末に来たときは、その混雑ぶりに人酔いしてしまい、少々うんざりしたので、それ以来は平日に来るようにしている。

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 スリヴィラマカリアンマン寺院)

 

サイドアルウィロード 

 そろそろ人混みに疲れてくるあたりで、リトルインディアの総合ディスカウントモール「ムスタファセンター」のあるサイドアルウィロードに差し掛かる。ここで店内突入と行きたいところだが、なにしろお腹が減っている。お腹を満たすために、まずは向かいのインド料理店「コッパーチムニー」へと足を進めた。いろいろ迷った挙句、注文したのは以下の品だ。

    • ハラバラケバブ( ほうれん草・グリーンピース・ポテトのマッシュの揚げ物)のミントソース添え
    • チキンティッカ(インド風焼き鳥)
    • ベビーコーンの辛味ソースあえ
    • バターナン
    • ライムジュース

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 (コッパーチムニーでいただいた品)

 どれを食べても「おいしい」としかことばが出ない。ハーブやスパイスが効いていて食欲をそそる香りがする。ミントを使っているのか、辛いものでもミントとヨーグルトのソースを付けて食べると、なぜか辛味が抑えられるような気がしてくる。そして辛味で一杯になった口の中を癒やしてくれるのがライムジュースだ。酸っぱいようなほんのり甘みもあるような懐かしいような……なにやら微妙な感じのする飲み物だ。中でも特に気に入ったのが、ベビーコーンの辛味ソースあえで、ほどよい歯ごたえがあり新鮮だった。店員さんもなかなか親切で、ひと皿ひと皿丁寧に料理の説明をしてくれた。

 

ムスタファセンター

 さて、食後はいざムスタファだ。シンガポール人は略してムスタファと呼ぶが、ここはシンガポールにおける24時間営業の、限りなくドンキホーテに近いイトーヨーカドーとでも説明すればいいのか、とにかくたくさんのひとともので賑わっている。中にはスーツケースや大きなバッグ持参でやってくるツワモノもいて、それら大きなバッグなどは、万引き防止のため荷物預かり所に預けてから店内で買い物するルールだ。

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 (ムスタファセンター)

 とりあえず今回はセラングーンロードの電飾とインド料理をメインにしてきたので、諸事情により今回必要な日用品だけを購入し、退散する。しかし海外旅行先でスーパーやドラッグストアを覗くのが趣味という方にとっては、ここは天国であるということだけはお約束しておこう。やる気のなさそうな、もしくは頼んでもいないのにやけに親切な、はたまた同僚スタッフに人生相談をもちかけているスタッフなど、スタッフを眺めているだけでも興味深いとお伝えしておきたい。そこには、たくさんのひとの人生があり、暮らしがある。もちろんここで日本流のサービスは期待しない方がいい。運が良ければ気のいいスタッフに当たるし、運が悪ければ目も合わさず、うんともすんとも言わずにレジを打ち、合計金額をボソッと呟いてまるきりやる気のない商品の渡し方をするスタッフに当たる。それでもいいじゃないか。ほんの少しだけでもインドの空気を感じさせてもらったのだから。もう二度と会わないひとよ。今夜仕事が明けたら、なにかいいことひとつ、あるといいね。 

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(サイドアルウィロー入り口)

 などとぶつくさ言いながら、帰り道を歩く。夜が深まりつつあり、電飾も夜空に色濃く映えている。まだ賑わいが収まらない夜に、また途切れ途切れにジャスミンの香りが鼻をかすめていく。歩くこと。食べること。祈ること。たくさんの行為がひとの暮らしを支えている。湿度のある夜だがやけに心地よい。さあ家に帰ろう。そしてまた来る明日に備えよう。まずは地下鉄の駅に向かう。たくさんのひとの波をすり抜けながら。

 

(文:河嶌レイ)

六条くるる『君がいたってだめなんだ』

これはどこで入手したんだっけ。

 

本当にこの人の感性は好きだなあ、と思う。特に好きな一首をあげて批評したりしたら、なんだか作者の方に嫌われてしまうような気がするからしないけど。

 

あとがきに書かれているように、落ち込んだとき、うまくいかないとき、忘れたい思い出に胸が痛むとき、開きたくなる歌集であった。

 

※旧かなの「罪と詩情」もとてもよかった。必読。

 

今更と手遅ればかり タイミングいいことなんて悲しみだけだ(六条くるる)

 

(篠田くらげ)

葵夏葉『自選詩集 死にたくなるほど優しい夜に』

文フリ東京で入手した『自選詩集 死にたくなるほど優しい夜に』を読んだ。

 

この作者の作品は初めて読んだと思うが、とても知的な作風である。言葉遊びのようなものもあるし、また、リフレインや対句など、技巧的なところも見られる。

 

他方で、五感に訴えてくるところもある。視覚だけでなく、触覚や、嗅覚まで。それはきっと、遠い記憶を呼び覚ますような詩なのだ。

 

特に好きだったのは「海馬」。

 

(篠田くらげ)

京都旅行記・金閣寺

 

京都で「この寺に行くべきだ」という寺がどこなのかわからないが、「この寺が一番派手だ」という寺ならすぐに思いつける。金閣寺だ。正式には鹿苑寺金閣という。


バスを降り、ちょっとした坂道を登れば、そこが金閣寺である。入るとちょっとした森っぽくなっていて、期待を高めてくれる。それからチケットを買うことになるのだが、よく見ていただきたい、チケットがお札のようになっている。珍しいので取っておこう。


さて、チケットを買って入場すると、驚くほどあっけなく金閣が現れる。あの、教科書に載っている、絵葉書で見る、あの金閣だ。あまりにあっさり見られるので拍子抜けするほどである。この一帯は大変にぎやかで、「あの教科書の写真」を取ろうとする人でいつもあふれている。


日本語、韓国語、英語、フランス語、そのほか知らない言葉まで、あちこちの国から訪ねてきたらしい人がいる。ここで「あの写真」を撮るのもいいが、金閣寺の魅力はそれだけではない。


さらに進んでいくと、庭園としての素晴らしさも他の寺にひけをとらないことがわかる。「登竜門」を模した滝や、茶室もある。私は金閣寺の本領はこの庭園にあると思うが、そのほか、高台からの金閣なども見られる。「修学旅行で見たからもういいや」と思わず、ぜひ行って自分の好きな金閣像を目に焼き付けてきてほしい。

 

 

f:id:shimadaishoten:20161209224336j:plain(雪の金閣。レアなので混む)

 

(篠田くらげ)

京都旅行記・清水寺

早速京都に向かう。京都はいつでも観光客の絶えない街である。その中でも特に修学旅行のメッカと言うべき場所が清水寺である。訪れてみなくてはなるまい。

 

清水寺は坂の上にある寺である。観光客向けのソフトクリームや八つ橋が売られているのを見ながら、えっちらおっちらと坂を上っていくと、真っ赤な門や塔が見える。寺と言うには少々派手な気もするが、あれが清水寺入口(?)である。清水寺は坂の多い寺であるが、修学旅行生たちはさすがに息を切らした様子もなく、楽しげに登っていく。そこを抜けると、あの「清水の舞台」がある。

 

下をのぞいてみて、高いと感じるか、低いと感じるか。よく見ておいてほしい。とにかく景色がよいので、十分堪能して戴ければと思う。ここで写真をとる人が多いが、私のおすすめは、舞台を抜けてむしろ舞台を撮影するように撮ることである。舞台の高さを感じることができるだろう。

 

それからさらに歩いていくと、今度は清水寺の由来となった小さな滝があり、そのあたりからは下から舞台を見上げることができる。上から見たときとずいぶん印象が違うと思う。舞台の木の組み方なども見ることができるのでぜひご覧戴きたい。

 

最後に、清水寺坂上田村麻呂ゆかりの寺である。そのゆえか、当時の蝦夷の首領の碑がそこに立っている。軽く挨拶をして帰ることにしよう。

 

写真は清水の舞台遠景。この日は工事中だった。

 

(篠田くらげ)

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